2002年10月31日木曜日

箇条書き日記


  • 今日から、通常シフト。

  • 今週末あたりに、友達の自作マシンを組むことになりそうです。わーい。

  • やっぱり、月末は忙しいです。

  • Linux 触らなくなりました。

  • 女性のお尻は、もっと触っていません。

  • 潤いが欲しいです。

  • オフ会については、近々発表します。メールくれた方少し待ってください。

  • ラグナロクが、有料化されるのですが、どうしよう。

  • ラグナロクのサーバは、Windows® らしいです。どうりで(以下略

  • 弊社【何処】のグループウェアが、無法地帯です。

  • Internet Explorer .NET が、ポップアップ防止機能付きとなると、掲示板の Reply 機能がやばいかも。

  • PHPで掲示板を作ってみたいけど、スキルが。

  • Web Cafe' のデザインを褒める人は、騙されています。

  • 箇条書きって、よくあるよね。

  • 女性の肌に触れたいです。

  • 今日触れた唯一の女性は、ラーメン屋のおばちゃんでした。

  • (´Д⊂



2002年10月30日水曜日

minatsu たんのマネ日記

今日は、津 波 荘の minatsu さんの真似真似日記で行きます。彼の日記は、短文で簡潔でシンプルです。しかし、その毎日更新される日記によって、彼の日常が少しずつ垣間見てたりして、楽しいものだったりします。また、デザインも CSS のみで制御されており、写真を使ったうまいレイアウトを実現しています。


津 波 荘的 Web Cafe' 日記


■ひょう

昼前に冷たい氷のかたまり「ひょう」が、降りました。冬は、もうすぐそこにせまっています。クローゼットから、セータを出しました。


■すすきの

最近、すすきのに行っていません。札幌ならやっぱりサッポロビール。



2002年10月29日火曜日

サルたんのマネ日記

今日は、サル山のサルたんの真似真似日記で行きます。彼とは先日、苫小牧市にて初対面をしました。人生の先輩でありながら、どこか少年らしいところを持った人だと思います。彼女がかわいい(くやしいっ)。彼の日記は、割と盗みやすく、体言止めの連発と、お決まりの「~しない方向で(顔文字)」という言い回しが、定番となっているようです。「ちゅう感じで」も多いような気がします。


サル山的 Web Cafe' 日記

少しずつ冬の気配が感じられる蝦夷地にて、今日も会社に行くため携帯電話の音で目覚めるも、会社からの電話。思わず 2cm ほど飛び上がるも、あえなく体調の悪さ故、休むとの連絡を入れてお休み。やはり月曜日というだけあって、会社からの電話もひっきりなしっちゅう感じで、身体を休めるにも至らず。


その後、おもむろにラグナロクなどを起動したのは気にしない方向で(;´▽`A``


似てますか?



2002年10月28日月曜日

真似よう

みんなの日記を見ていると、その人その人の文体があるので、面白いです。真似しやすい人もいれば、難しい人もいます。真似をしやすいのは、多分その人の独特の言い回しがあるんでしょう。僕も、あるのかもしれないし、ないかもしれない。


これを深く分析して、真似真似日記を書こうかと思います。



2002年10月27日日曜日

廃人

あなたが、まともな食事も摂らずにラグナロクを、プレイし続けているから、今日は、廃人記念日。



2002年10月26日土曜日

核爆の謎

今日は、会社の気の知れた仲間たちと中華をつまみながらお酒を飲んできました(飲むのは僕だけだけど)。



本日の酒量



  • ビールジョッキ大 : 1 本

  • モスコミュール : 3 本




全然酔っていないので、今日もラグナロクをしようと思います。お酒を飲んだ日は、大体日記が短くなる傾向にあります。でも、他人の日記など興味がなければ読み飛ばすでしょうから、どうでもいいことですが。


関連リンク(核爆)


核爆って何の略ですか?



2002年10月25日金曜日

ネタをネタと

昨日の日記をアップロードしてから、結婚おめでとう(藁みたいな携帯電話メールがたくさん来てびっくりしました。しばらくは独身ですから、安心してください(何)。


今日も今日で、ラグナロクをしまくりです。ネトゲー廃人も目前です。


給料日が、明日なのですが、今日の財布にあった分をちょうど使いきりました。なんだかうまくやりくりしている主婦の気分でした。「あら、今日は大根が安いわね」的な。



2002年10月24日木曜日

お知らせ

こんばんは。ジュンです。今日は皆さんに大事なお知らせがあります。実は、僕も交際していた女性がいまして、この度、結婚することになりました。あまりこういうことは web に晒すのは自分としても、あまりしたくなかったのですが、まずは、いつも見てくれているみんなにお知らせしなければと思い、この場で発表します。


彼女は、みんなも、もしかしたら知っているかもしれないですが、普通の女性です。サイトもありますし、もしかしたら、皆さんも見たことがあるかもしれません。


彼女と恋に落ちたのは、富良野にみんなで行った時でした。富良野の自然と、彼女の大らかで朗らかな性格に触れて、僕は本当の意味で初めて恋をしたんだと思いました。この女性を一生守りたい。一緒にいたいと。そして、少しの年月が経ち、僕も周りの結婚の声を聞く機会も多くなり、彼女の周りにおいても、その声は聞こえることになるのです。周りに影響されて結婚をするわけではありませんが、やはり僕たちも年頃だったのかなとも思います。


僕の唯一の妹も、とても僕たちを祝福してくれます。父さんも、僕たちを温かい目で見守ってくれます。母さんがいないのが、悲しいけれど、きっと天国で、僕たちを見守ってくれているはずです。


皆さんの祝福の声が聞こえます。ありがとう。僕たちは必ず幸せになります。これからもよろしくお願いします。


関連リンク



2002年10月23日水曜日

CSS リンク集のシートを使う人たち

CSSでイケてるデザインサイトリンク集を更新した後に、このリンク集ってどの位リンクされてんのよと思い( 後で気がついた。サーバのログ見ればいいんだ)、Google で検索してみました。以前のリンク集では、スタイルシートをダウンロードできるようにしておいたのですが、それをそのまま使ってくれたサイトがいくつかありました。



おお。そのままだよー。二人とも、この文書で使わせていただいているスタイルシートは、ここからいただきましたと断っているし、僕も使ってもらってもよかったので、問題ないのですが。ということで、リンク集の性格上、これからスタイルシートを使おうと思っている人がダウンロードして見るかもしれないと思って書き直しましたよ。完全とは、程遠いですが。誰かかっこよくて見やすくて初心者にも優しいスタイルシート書いてよ~。それで送ってちょ。



2002年10月22日火曜日

寒いぜ!!

既にファンヒータが必須アイテムとなっている北海道札幌市ですが、灯油が切れたんですよ。灯油が!!寒いので、ここで選択肢が。



  • ポリタンク 2 個を抱えながら、ガソリンスタンドに車で買いに行く

  • ガスコンロに点火! 暖をとる

  • 上着を着て厚着攻撃

  • シャワーを浴びて、温まりそのまま就寝


シャワーに決定しました。おやすみ。



2002年10月21日月曜日

ラグナロクで歩いてみた

のんびり休日。こんなの本当にひさしぶり。嬉しいなったら嬉しいな。


それで、何しようかしらと思っていたんだけど、ラグナロクが全然進んでいないのを思い出して、久しぶりに起動しました。初心者の館みたいなのを、修了してから、早速外に。なんかスライムみたいなぽよんぽよんしたヤシを倒したり。木の化け物みたいなヤシに戦いを挑むも死亡。思い直して、毛虫くんとぽよんぽよんを倒しまくっているうちに、天の声が聞こえてサーバメンテナンスとのこと。一旦修了して、昼寝。起きて、PLB タンとメッセで話すと、ラグナロクをするとのことで、一緒に歩くことに。


PLB タンから、いろいろプレゼントを貰う。こういう時に、リアルの友人はありがたいやね。自分1人では倒せないヤシを二人でサクサク倒しながら進むと、オオカミくんに食われて死んでしまった!!


今日はこれくらいにしてやる!!ウワァァァンヽ(`Д´)ノ



2002年10月20日日曜日

サルたんと会って来た

Web Cafe' 掲示板で、あれよあれよと、とんとん拍子に開催される運びになったサル山のサルたん(ダイタたん)オフに参加すべく、札幌市から、およそ 1 時間のところにある苫小牧市に行ってきました。サルたんは、Web 上の印象とは、大きくかけ離れていて、映画マトリックスのキアヌ=リーブスみたいなサングラスをかけて颯爽と現れたので、一瞬「間違えました」と言って、帰ろうかと思ったのですが、話してみると非常にいい人でした。優しい感じです。


食事など食べて、まったりしているところに現れた彼女も、またキュートな感じで、うらやましいカップルでした。僕は、彼らの間に挟まれた堕天使のようでした。


3 人でモスバーガとか、本屋さん、レコード屋さんなどを散策して、よくある土曜日的に過ごした後、解散の運びになりました。


その後、支笏湖線に入り昔書いた話のモデルになった湖畔に佇んで月を眺めている(本当に綺麗な月でした)と、Prelude の仲間達とメールで連絡するうちに集まる話になり、千歳市のびっくりドンキーで食事をして、隣のセガワールドでバーチャファイタ 4 をプレイして、一般市民にメタクソにやられて、涙を流しながら帰宅しました。


ということで、今日はいつものヒッキー土曜日ではなくて、いろんな人に会ったとさ。



2002年10月19日土曜日

サーバ移転(宅内)

CSS でイケてるデザインサイトリンク集がある自宅のサーバの Apache を 2.0.40 から 2.0.43 にしました。サーバマシンを Celeron 1.1GHz (自作 Micro ATX )のマシンから、Celeron 500MHz (IBM ThinkPad)のマシンに変更しましたので、若干レスポンスが劣るはずですが、僕の快眠が確保されたので、許してください。


あんなに苦労していたサーバの構築も、何度もやっているうちに、Linux のインストールから、おおよそ 3 時間程で、できるようになってしまった。マシンも 3 台あるし、サービスを停止させることなくできた。まあ、Apache と、Proftpd と、Samba しか入れていないので、当然ですが。


それで、これまで使用していた自作マシンサーバは、実験用にします。PHP とか入れてみようかなあ。折角なので。



2002年10月18日金曜日

修羅場

寒いよう。なんか現在気温が 9 度らしいですよ。札幌。というのも、久しぶりに Prelude タンを洗ってあげようかしら、ルルルなんて調子でおでかけしたら、あまりの寒さに帰ってきた次第ですよ。こんな夜に水を扱う作業なんていやん。


人生にもいろいろな修羅場があると思うのですが、専用の 2 ちゃんねるのスレッドをここ最近チェックしています。



怖い女です。マジで。女の人に追いかけられるのは、悪い気がしませんが、彼女の場合は、素で勘弁して欲しいです。


まあ、僕の場合リアルでは、婦女子に追いかけられることはないわけだが。



2002年10月17日木曜日

スターソルジャー

スターソルジャー


スターソルジャー。1986 年に、札幌に本社を持つハドソンが、任天堂ファミリーコンピュータ用に発売したシューティングゲームである。1986 年。僕は 12 歳。小学生で、無邪気で、そして、貧乏だった。当時ファミリーコンピュータは、同級生の誰もが持っていたし、スーパーマリオブラザーズなどで、人気は大沸騰していた。しかし、我が家はとても貧乏で、ファミリーコンピュータを購入することができなかった。だから僕は、街のおもちゃ屋さんに行ったり、友達の家に遊びに行ったりして、遊んでいたのだ。


スターソルジャーは、当時 16 連射をする高橋名人の宣伝活動で、とても流行していて、その軽快な音楽や豊富な敵キャラクター、そして、適度な難易度で大いに僕の友達の中でももちろん流行った。


でも、やはり自分の家ではできなかったので、僕はあまりうまくはならなかった。友達は、全ての面をクリアしたりしていた。負けるものかと攻略本を立ち読みして、おもちゃ屋さんで腕を磨いたりしたのだ。


そんなことも忘れていた中学に入ってからの、ある日。母がファミリーコンピュータを買ってきた。当時は、すでに PC エンジンが流行っていたし、ファミリーコンピュータは廃れかけていた。僕たち兄弟三人は、貧乏だったあの頃にとても遊びたかったそのファミリーコンピュータの真新しい筐体に、嬉々としたのだ。母の優しさが、僕たちにはわかったから。


「ごめんね、やっとお前たちが欲しがっていたものを買ってあげられたよ」


そして、僕たちは廃れかけたファミリーコンピュータのソフトを周りの友達から借りまくって、遊んだ。僕の大好きなスターソルジャーも遊ぶことができたのだ。もうおもちゃ屋さんまで行かなくてもいい。友達に遠慮しながら遊ばなくてもいいのだ。


僕にとってのスターソルジャーは、そんなほろ苦い思い出のゲームだった。



2002年10月16日水曜日

接待

今日は、いわゆる接待でお酒を飲んできました。疲れたボディーにお酒は結構効きまして、仰向けになって、底なし沼に沈んでいく感覚で、眠りにつきましたヨ。


ヨ。



2002年10月15日火曜日

Web Cafe 2 歳

別に話すようなことでもないし、僕の日記には仕事のことがあまり登場しないのですが(全く登場しないというわけではない)、この三連休に仕事をしていました。しかも、全くの成果のない。僕の企画したものですが、不毛だったので、下の毛でも剃ろうかと思います。


と、このような連休中に、僕はふと思い出しました。Web Cafe' の誕生日が過ぎているじゃん。


じゃん。


えーと、Web Cafe' は、2000 年 10 月 10 日に Web 上に公開されまして、今に至って管理者のジュンの痛さ加減が日に日に明らかになっていくわけですが、よく続きましたね。これも皆さんのおかげですよ。日記しか更新していないですが( Prelude とか、Computer とか完全放置プレイだなあ )、毎日見に来てくださるおかげで、僕もこうして、日記をしこしこと書き続けることができました。そして、パンツを下ろしてシコシコすることもたまにあるわけですけれどもね。お客さん。いやあねえ。ぶひ。


そんなこんなで、僕が気がつかないうちに Web Cafe' は、2 歳になったので、3 歳に向けてこれからも、ちんこまんこ日記を頑張って続けていきますのでよろしくおながいしますですよ。ぺこり。ぺろり。



2002年10月14日月曜日

30代の女性

僕の周りのお友達の女性は、なぜか 30 歳前後の人が多い。僕も来年の 12 月で 30 歳になるので、なるべくしてなったのかもしれないとか思ったり。30 歳前後の女性って、20 代ほどきゃぴきゃぴしてないし、話をしていても、世代が近いのですごく楽です。昔の曲とかで懐かしいと思ったり、趣味のことを理解してくれたりとか。


昔、子供の頃に思っていた 30 歳ってすごく大人で、別に悪い意味でもなんでもなく、おじさんとおばさんと思っていた。今、僕はちょうど、子供と話していて(子供は、見た目を率直に言ってくれるサンプルですね)、おじさんと呼ばれるところと、お兄さんと呼ばれるところの境界線のところにいて、現在は、髪を前に下ろして、サラサラくんになっているので、お兄さんと言われることが多いですけれど、髪を短くして、オールバックなんかにした日には、おじさんとしか言われないし、僕も鏡を見ながら「ふけたなあ」としみじみと思ったりもします。


ですから、僕はできるだけ、年相応に見られるために(別に男なので若く見られなくてもいい)、前髪を下ろして生活しています。


話がそれてしまった。30 歳前後の女性というのは、やっぱり 20 歳代に恋だの愛だの、ほれたはれたの、好きだの嫌いだの、刺すだの刺されただの(危)を超えているので、落ち着いた恋のお話なんてもできたりします。外見も無理に若い格好をせずに、年相応の服装をしていたりすると、安心します。いや、僕が。


性的な部分に関しても、男性も女性もそれなりに場数を踏んでいるので、のんびりまったり楽しんでいるような気がします。たぶん。


例えていうのならば、僕がセクシャルハラスメント的発言しても、ふふふっと、余裕で流すみたいな。



ジュンの発言

「子作りなら手伝うよ。うふふ」

30 歳前後の女性の発言

「何言ってんの。うふふ」


みたいな。うふふがポイントですよ。お客さん。


ということで、僕は、彼女たちとともに、いい感じの年齢になっているような気がします。たぶん。



2002年10月13日日曜日

ドキュソオフのお誘い

Web Cafe' ドキュソオフのお誘い

この度、Web Cafe' のジュンが、東京に出張に行くことになり、これに伴いまして、Web Cafe' のジュンを囲んで楽しみましょうみたいなオフを開催することといたしました。老若男女問わず、参加者を募集しておりますので、ぜひご参加ください。つか、しろ。



開催日時

平成 14 年 11 月 9 日 土曜日

開催場所

東京都新宿区新宿駅界隈

参加資格

電波を発射しない人。「ところで Web Cafe' って何?」 とか言わない人。2ちゃんねるのネタで、逃げ出さない人。

参加するには

おいらにメールしてくださいです。。。捨てメールアドレスでも連絡つけばよし。携帯電話番号と、Web 上で使っている名前でもいいので名前 ( 「まんこ」とかなし。呼べないし。)と、ちんちんの有無をお送りください。折り返しメールします。

参加表明用メールアドレス

user92498@hotmail.com


おおよそ、1ヶ月先なので、万事繰り合わせの上、参加ください。つか、しれ。Web Cafe' のジュンは、健全安全好青年ですので、婦女子の参加もおおいにお待ちしています。つか、来い。



2002年10月12日土曜日

海辺のカフカを読む

今日は、代休でしたので、「海辺のカフカ」を読みきり、おもむろに先日の旅行の写真のページを作ってみました。あのとても長い日記を読んだ猛者は、写真を見たらどこのことを言っているのかとか、場所とか、なんとなくわかるかもしれません。一応時系列になっているですよ。


あと、はてなあんてなってみんな使っていて楽しそうなので、作ってみました。えーっとなんか見えるべきものが、見えないかもしれません。うしゃしゃ。規約違反で削除されても別にいいし。捕捉されてびっくりした人もいるかもしれませんね。してないからと言ってあまり気にしないでください。これで巡回先全部じゃないし。



2002年10月11日金曜日

寝る前の空想

僕は昔、寝る前に割りと空想してから寝ることが多かったような気がします。最近は、仕事のことやら、明日のゴミはなんだろうとか、現実的な問題を少し考えるようなことが多くなったかもしれません。


その空想で、夜のデパートになんとか侵入できないかというものがありました。まず、閉店間際にデパートに入り、トイレに隠れます。閉店まで待って人がいなくなった頃にトイレから出るのです。


誰もいなくなったデパートは、それこそ子供の僕にとって天国です。お腹が空いたのならば、地下の食品売り場で好きなものを食べるのです。テレビが見たければ、電化製品売り場に行き好きなだけ見ることができるし、ゲームをしたければ、ゲームコーナや、ファミコン売り場(当時は当然ファミコンしかなかったのだ)に行けばいいのだから。そして、眠くなったら寝具売り場の大きなベッドで、横になるのです。いつもの綿の布団ではなくて、高級羽毛を使用したダブルベッドで眠るのです。子供だから、すぐに眠ってしまうから、せんべい布団であろうが、高級羽毛布団であろうが、あまり関係ないような気もしますが、子供の僕には、それがとても素敵なことに思えたのです。


誰もいないデパート。それは、とても素敵な場所ではありませんか?



2002年10月10日木曜日

ただいま札幌

無事に札幌に帰って来ました。この日記の長さに驚いた方々もいらっしゃるかもしれませんけど、冗長な文章ではありますが、暇のあるときでも読んでみてください。


会社は、そんな旅から帰ってきても通常に営業をしていますので、僕も勿論今日から仕事でした。朝から会議、会議、会議。そして、旅行の間止まっていた仕事を再開し、諸問題を片付け、また新たな問題が発生し、解決案を考えました。そんなこんなで、また僕の仕事の日々が始まったのです。



2002年10月9日水曜日

神戸長崎大阪の旅 04

若い彼の携帯電話のアラームで目が覚める。Dream の曲だ。曲名は知らない。長崎の空は、薄曇りであまりぱっとしない。予報では雨は降らないようだけれども、降ってもおかしくはない。


既に、目を覚ましていた若い彼の相方に、場所を借りた礼を言うと自分の部屋に電話をかけて、開けてもらうように言った。自分の部屋に戻ると本来僕が寝ることになっていたベッドが全く使われていないので、シーツが神経質に平らになっていた。彼は非常に具合が悪そうだった。二日酔いだという。これでは、折角の長崎もあまり気分がよくないだろうと思う。僕の方は、酒量の割には、調子もよく全く問題はなかった。少し多めの小便をして終了だ。


ホテルの朝食は、和洋選択できたので、僕は洋食にした。彼もそれには同意し、最上階の展望レストランに向かう。プリンスホテルのほとんどがそうであるように、長崎プリンスホテルの朝食もバイキング形式であった。内容もほとんど似たような感じだ。スクランブルエッグに、オレンジジュースにサラダ。僕は適当によそって、彼と一緒のテーブルで食事をした。彼はずっと「具合が悪い」と訴えていた。僕は同情してみたけれど、僕の同情で彼の二日酔いが解消することもないし、悪化することもない。僕の身体は、水分を要求していたので、オレンジジュースを小さなコップで 3 杯飲んだ。あまりバランスのいい食事とは思えなかったけれど、僕は普段朝食を食べないので、それに比べたら雲泥の差だった。


10:30 に長崎プリンスホテルの前に集合し、バスに乗り込む。バスは、霞の中で少しだけ寒そうにして待っていた。小走りでバスに向かったので、僕の胃の中ではパンとオレンジジュースが混ざっていた。たぷんたぷん。


バスは全員乗せると、長崎原爆資料館に向かう。長崎は広島の原爆投下の 3 日後の昭和 20 年 8 月 9 日の朝に、原子爆弾が投下され、およそ 4 万人の死者を出した。僕は広島市の原爆資料館にも行ったことがあるのだけれど、やはりとても考えさせられる場所だと思う。これらの悲劇を現実のものとして、目の当たりにすると、恐怖と怒りを覚える。


資料館を出ると、平和公園に徒歩で向かう。平和公園では、修学旅行生が大量にいて、集合写真を撮っていた。集合写真をいろんな面白いポーズで撮ったり、楽しそうな顔をして撮っている彼らを見ていると、なんだか少し違う気がした。未来は彼らにあるけれど、大事な何かを忘れてはいないだろうか。その立っている地面の上で、水を求めながら死んでいった人々がいることを忘れてはならない。そして、彼らの犠牲があって、このような平和な日本で、写真撮影ができるのだ。


僕は、一切写真を撮影せずに、平和公園を後にした。バスの中も少しだけ神妙な空気が流れていた。バスから見えている長崎の景色も、数十年前には焼け野原だったのだ。僕は、町並みをそんなことを考えながら眺めていた。


それから、バスで山を登り大浦天主堂(キリシタンの教会)、グラバー園の見物をした。長崎は、キリシタンや貿易で栄えた町であり、勿論現在でも、クリスチャンもいるのだそうだ。そして、グラバー氏の三菱造船所も現在でも、長崎の多くの人の就業先となっている。グラバー園の広場では、三菱造船所が見えて、先日燃えてしまった豪華客船ダイヤモンド・プリンセスも見ることができる。客室部分から黒い炎の跡が残り、火事の凄まじさを物語っている。そして、とても大きい船だ。周りの船舶と比較しても、とんでもなく大きい。これらの造船の作業に携わっていた人たちの悲しみは計り知れないものだ。僕は、この長崎を右から左に通り過ぎるだけだけれども、彼らはずっとこの現実に直面しているし、立ち向かわなくてはならない。


グラバー園の下にある、よくある土産物の販売店の並びで、長崎ちゃんぽんと皿うどんを食べる。どちらも少し冷めていて、あまり美味しいものであるとは言いがたかった。味にはうるさくなくても、温度くらいはわかる。


食事を終えて、バスに戻るといよいよ、帰路につく。まず、長崎空港に向かう。これもまた高速道路に乗り、走る。バスの中ではほとんどの人が眠りについていた。そして、僕も睡眠を欲していた。この 4 日間の旅は、楽しいものではあったけれど、やはり疲れもあった。バスが、長崎空港に到着した。


長崎空港は、よくある地方の空港で大きくもなく、日本全国に飛べるわけではない。だから、今回の飛行も一旦、羽田空港を経由して、新千歳空港に向かう。飛行機の中では、どうせ暇をもてあますので、「海辺のカフカ」をスーツケースから取り出した。スーツケースを手荷物預かり所で預けて、16:00 全日空 668 便長崎発羽田空港行に搭乗する。


飛行機の中で、「海辺のカフカ」を取り出した時、それが読んでいた上巻ではなくて、下巻だと気がつき僕は自分のミスに苦笑した。これでは、順序がめちゃくちゃだ。でも、飛行機の中は、時間を潰すものに乏しく、諦めて読むことにした。ナカタさんは、猫さんと話ができなくなっていた。よくわからない。


羽田空港に降り立った時には、既に日は落ち夜になっていた。巨大な空港である羽田空港の滑走路を眺めて、飽きると、また乗り換えの搭乗口の待合場で、本を読み進める。半分近くまで読んでしまっている。前後した話が、全くわけがわからない。大島さんが女?


18:30 全日空 073 便羽田発新千歳行に搭乗した。機内では勿論本を読んで過ごした。周りのみんなは疲れているのだろう。寝ているのがほとんどだ。疲れは睡眠で回復するし、僕の身体もそれを欲していたのかもしれないけれど、僕は本を読むことを選んだ。夜の飛行機の中で読む本は悪くない。時折眼下に広がる街の煌きを確認しながら、僕はひたすら本を読んでいた。


飛行機が、新千歳空港に到着した。飛行機の出口から出ると予想されたことではあるけれども、肌寒い空気が僕たちを取り囲んだ。これでやっと北海道に帰って来たんだと思う。僕はまだ、本の中の世界にいたので、現実にも帰ってきたのかもしれない。手荷物を受け取り、出口にて集合し、解散した。僕は、歩きなれた新千歳空港を一人で歩き、駐車場まで向かった。空港内のお土産の店はシャッターが下りていて、歩く人も少ないので、閑散とした印象を受ける。この旅で一緒に行動した彼らには、また会うことがあるかも知れない。そんなことを考えながら、歩いた。


夜の駐車場に、僕の Prelude を見つけると、安心した。Prelude は、いつもの通り僕の帰りを待っていた。あまり愛想のいい顔つきではないけれど、僕の重い荷物をトランクに載せて、冷え切った車内と半そでの僕をヒータで温めてくれる。ヒータが必要な温度なんだなと改めて思う。ユニバーサルスタジオジャパンでの、夏のような日を思い出す。ここは、日本ではあるけれども、やはり少し違うのだ。そして、僕が毎日を過ごす場所なのだ。


車が少し温まると、僕はクラッチを思い切り踏み込んで、ギアを Low に入れてアクセルを少しだけ踏み込んだ。タコメータは少しだけ針が振れて、Prelude は少しずつ前に進みだす。帰るよ。Prelude。


千歳インターチェンジから高速道路に乗り、5 速でゆったりとしたスピードで走る。いつも高速道路だ。ラジオのパーソナリティは、寒くてヒータを使用するかどうか迷っていると話している。僕の狭い部屋にも、もう少ししたらヒータが必要になるのかもしれない。


Prelude は、高速道路のライトに時々照らされて白く光る。100km / h のスピードで。そして、僕はまたステアリングを握り、このシートに座っているのだ。これからもよろしく。



2002年10月8日火曜日

神戸長崎大阪の旅 03

ドアの開く音で目が覚める。彼はもうすでに目を覚ましていて、部屋に入ってきたのだ。


「おはよう」ガラガラの声で言う。タバコを少し吸い過ぎたようだ。


「おはよう」彼が答える。


僕は身体を起こして、トイレに行く。プラスティックでできたよくあるホテル風のユニットバスだ。バスは狭くて(客船の中だから当然だ)、トイレは水洗で、洗面用具が綺麗に並べられている。トイレを済ませると、彼に聞く。


「朝食は食べた?」


「食べたよ」彼は答えた。少し眠そうな顔をしている。昨夜の酒が効いているのかもしれない。


「僕も食べに行こうかな」食欲はあるのだ。


「10:00 までで、もう食べられないと思う」彼は残念そうに答えた。そうか。朝食には間に合わなかったか。仕方ない。朝食は食べることができなくても、11:30から昼食の時間だ。問題ない。それまでに僕は、大浴場に行くことにした。彼はそれに関して意見を述べた。


「ああ、そうするといいよ。僕も入ってきたけれど、サウナもあって綺麗だったよ」


何も持たずに、大浴場に行く。彼が何もなくても入れると言ったからだ。大浴場は、おおよそよくある銭湯の半分ほどの広さで、水風呂と泡風呂と、普通にお湯を張った湯舟があり、スチームサウナと、サウナがあった。海が見えるように、ガラス張りで、おそらく山口県のあたりの景色が見えている。山と、小さな船が見える。


僕は、またいつもの順番で身体を洗い、頭髪を洗った。山口県の沖合いでも僕の順序は一緒なのだ。泡の激しく吹き出している風呂に入り、山口県の山並みを眺める。僕は、船の上でお風呂に入っている。外は海と山。なんだかおかしい。うふふ。


お風呂から上がると、髪をいつも使用しているドライヤで乾燥させて、今日着るべき服をスーツケースから取り出して、少し汗ばんだ身体を拭きなおして首からかぶった。黒いTシャツだ。ジーンズを履くと、彼を昼食に誘った。もし、もう食べられるのならば、飯に行こう。彼は、実はもうおなかが空いているんだと笑いながら答えた。問題ない。一緒に行こう。


部屋を出ると、昨夜の彼女達がいた。もしかして、昼食に行くのかもしれない。目が合ったのでご飯を食べるしぐさをしてみる。「そうです」というような顔で笑ってこっちを見た。問題ない。一緒に行こう。


昼食は、和洋どちらか選べるようで、僕たちは和食を選択した。これまでの食事はフランス料理ばかりで、僕たちは心底うんざりしていた。日本人は和食に限るなと、誰かが言う。僕も賛成だった。味噌汁が飲みたい。白いご飯が食べたい。


やはり海が見えるホールで、ボーイに不自然なまでの丁寧な礼で歓迎されて、僕らは席についた。当然ボーイが椅子を引き、押して適正な位置に戻す。僕は、自分で椅子を引こうとして、ボーイを困らせた。でも、ボーイは職業的な笑顔で、僕に笑いかけた。いいんですよ。私がやりますから。


和食をすべて食べ終えた。それは、船上の昼食らしく多すぎず少なすぎず、量ったように僕の胃にはちょうどよかった。お酒も残っていないし、ボーイは、遠くで僕らのお膳の減り具合を観察していた。目があうと職業的笑顔で僕の顔を見た。あまりに自然な笑顔であったので、僕も思わず笑顔になってしまう。僕たち全員の食事が終わったのでまた部屋に戻る。戻ったところで、また電話があり、麻雀に誘われる。昨夜、船内の探索に出たのでもうすることがなかったので、博多港に到着するまでの間に少し遊ぶことができるだろう。船はいつのまにか日本海に出ていて、波も内海の瀬戸内海に比べたらいくらか揺れを感じるようになっていた。僕らはその大きなゆっくりとした揺れのなかで、牌をかき混ぜては積み上げて、また崩して、かき混ぜた。


麻雀が途中の状態で、博多港に到着した。ゆっくりと港を進みゆっくりと接岸する。空はゆっくりと夕方へと向かい太陽は雲の間から少しだけ顔を出していた。そろそろ船から降りなくてはならない。やっと地面に足をつけることができる。水の上では、どうしても揺れと暮らさなくてはならないのだ。


博多港ですぐにバスに乗り換えて高速道路を走る。僕は少しだけバスの中で眠ることにする。少しだけ飲んだビールが眠りを誘う。バスの揺れは乳母車の揺れであり、倒したシートはベビーベッドだ。眠りが、僕の上に覆いかぶさってきた。


目を覚ますと、すっかりと夜になっていて、高速道路の緑色の看板は長崎の地名を表示している。身体が少しだけ軽くなったように感じる。頭はすこしだけぼぉっとするけれど、何かが身体から降りたように軽くなったのだ。バスは高速道路を降りて、程なく長崎市内に入る。今日の長崎では「長崎くんち」が催されているので、車も少し多く出ているし、街には多くの人々が、歩いていた。諏訪神社の前を通ると出店が見える。ちょうちんの赤い光が見える。なんだか懐かしい気持ちになる。


長崎プリンスホテルに到着して、荷物を降ろすとまたすぐにバスに乗り込み卓袱料理を食べに行く。店はなんだかとても高そうな割烹であった。卓袱料理というのは、出島があった長崎では貿易で入ってくるものをふんだんに使った料理であるという。僕はこの卓袱料理というのを初めて聞いたし、初めて食べた。芋焼酎をお湯割りで飲む。前にも書いた通り、料理の味に関してはあまり感想が出てこないのだ。芋焼酎はなかなか飲みやすくて、さらっとしていたので、結構飲んでしまった。


料理店を出たあとに、最後の夜なので夜景をみんなで見に行きましょうということになった。長崎の夜景は有名であるとのことだし、最後の夜に一人でホテルで過ごすこともないだろうということで、出かけることにする。タクシーに乗り夜景の見える山まで登る。一般的な観光地であると思う。山の名前は失念してしまった。夜景はなるほど 1000 万ドルの夜景ということはある。山の中腹まで綺麗に輝いている。平野部が少なくて高い山に囲まれているために、下から見ても上から眺めても綺麗な夜景が楽しめるのだという。


夜景をおおよそ眺め終えると、カラオケに行こうということになる。以前にも書いたけれど、僕はカラオケがあまり得意ではない。でも、みんなの歌を聞いているのは楽しいので、そしてもちろんお酒が飲めるので行くことにする。カラオケでは、みんな楽しく歌っていたし(とても物まねがうまい人がいて、おおいに笑った)、僕もお酒を沢山飲んでみんなの歌が聞けて、純粋に楽しかった。


カラオケが終わって、タクシーでホテルに戻ると、僕と同じ部屋の彼(ずっと一緒の彼だ)が、荷物を部屋に置いたことを忘れている。どうやら飲みすぎたようだった。記憶がないけれど、部屋に行ったら思い出すだろう。部屋に行くと、やっと思い出したようで、「ああ。やっと思い出した」と大きな声を出していた。そう。酔うといろんなことがわからなくなる場合があるのだ。時として。気にしない。思い出したのだから。


それから、なぜか若い男の子(初日にお酒に誘っていた彼だ)と、一緒にいると女の子の部屋に入っていく。女の子ともう随分仲良くなっている様子だった。僕は、なんだか眠くなって、彼らの他愛もない話を、右の耳から入れて、左の耳から出しながら、二人の女性のどちらかが眠ることになるベッドで横になった。うとうと。


目を覚ましたら二人の女性が、裸になって僕の隣で横になっていた。若い彼はいない。僕はいつの間にか、バスローブを着ていて、彼女たちもゆっくりとした息で、僕の左腕と、右腕を枕にして寝ていた。二人の身体は汗ばんでいて、暖系色の照明を少しだけ反射して輝いていた。


ということは、あるわけがなく、僕と彼はそれぞれの部屋に戻ることにした。呼び鈴があるので、それを鳴らす。出てこない。何度か鳴らす。彼女達も自分の部屋のドアから顔だけをだして、少し心配な顔をしてこちらを見つめている。僕と一緒の部屋で寝ることになるのを恐れているのかもしれない。それはそうだ。気持ちはわかる。


最終的には、呼び鈴の効果は全くなくて、ノックも何度かしたけれど、いつも一緒に寝た彼は起きてはくれなかった。あの酔い方では、今、泥のように眠っているだろう。仕方ない。彼は飲みすぎたのだ。僕が女の子の部屋で、鼻の下を伸ばしているのが悪い。若い彼の部屋が開いたので、寝かせてもらうことにする。ソファーがベッドになったので、僕はちゃんとベッドで寝ることができた。若い女性に囲まれて眠るのも幸せかもしれないけれど、明日の女性の視線もそれに反比例して恐ろしいものになるかもしれないし(その種の情報は、なぜか恐ろしい速度で広まるものだ)、ならないかもしれない。僕は、男性の部屋で、ソファーベッドと言っても眠ることができたので、安心した。少なくとも床ではない。


時刻は 3:30 過ぎ。僕は、やっとゆっくりと眠ることができた。健全に。安全に。



2002年10月7日月曜日

神戸長崎大阪の旅 02

朝 7:00 に目を覚ます。いつもの通り携帯電話のアラームだ。カーテンは閉められ、同じ部屋で眠る二人の大きないびきが聞こえる。重い死体を雨に濡れた黒い床の上で引きずるようないびきだった。


僕は、彼らを起こすように(そんないびきの中で二度寝できる気がしなかった)大きな声であくびをした。僕の大きなあくびに二人はのそのそと身を動かし始める。ゾンビが死体を食べに起きたように見える。


「おはようございます」僕が言う。


「おはようございます」眠そうに二人が声をそろえて言う。


7:30 から、1階の吹き抜けの中庭で、朝食を摂る。早朝の朝陽は、白いテーブルクロスを照らし僕はその明るさに少しだけ、瞳を閉じる。メニューは、昨夜の料理から推測されるように、フランス風であり、パンとヨーグルトと、よくわからないスープが出た。僕の人生の朝食としては最も高価な朝食であり、最も身分不相応な食事でもあった。僕はポルシェに乗る人種ではない。安物のトースタで、198円の食パンを焼き、100円のイチゴジャムを塗りたくって頬張る方が合っているのだ。


大げさな朝食を済ませると、部屋に戻り準備を整える。準備と言ってもバスに使った用具と、充電した携帯電話をコンセントから取り外すくらいなものだ。10:00 の出発まで時間がある。僕はバッグから「海辺のカフカ」を取り出して、また読み始める。二人は、北朝鮮拉致問題を取り上げた番組を見ている。音量が大きい。彼らもボソボソと、それらの問題について軽く話した。僕はベッドで黙々と本を読む。多分、彼らは僕を人嫌いな人種と分類しているだろう。気にしない。僕は小説を読みたいのだ。


9:00 に、薄曇りの神戸からバスで大阪に向かう。兵庫県から大阪府までの道のりは高速道路で行けばあっという間だ。しかも、今日は日曜日。道も空いている。僕は、バスで二人掛けのシートに一人で座り、神戸の港と大阪の港を眺めていた。もしかしたら、今日は雨が降るかも知れない。


ユニバーサルスタジオジャパンに到着したのは、予定時刻の10:00より15分程度早かった。既に、観光バスは並び、入場している団体もいる。僕らも入場した。


ユニバーサルスタジオジャパンに関しては、これから行く人々も、もしかしたら読んでいるのかもしれないので、ここでは割愛させていただく。楽しい場所であったのは間違いない。しかし、1日でほとんどのアトラクションは見学することができるので、(昨今のユニバーサルスタジオジャパンの、不祥事により最盛期より随分待ち時間が少なく済んだ)日程の参考になればと思う。


ユニーバーサルスタジオジャパンでの、楽しい時間が終了し、再びバスに乗り込んだのは17:00。朝の薄曇りから昼にかけて大いに晴れ渡ったので、色白の人は赤く日焼けをしていた。今年の北海道の夏は、冷夏であり、ほとんど太陽に当たる機会がなかった人もいるのだから当然かもしれない。しかしながら、バスに乗り込む時刻には、涼しい風と怪しい黒い雲が空のどこからか現れて、雨の匂いが少しだけしていた。


大阪南港に到着し、今夜過ごすことになるクルーズ船「飛鳥」の停泊しているところに到着した。既に大降りの雨が空から落ちていて、港を歩いていた傘を持たない男女は、あわてて港の施設に隠れ、傘を持つ見送りの人々は、大きな飛鳥を見上げていた。


乗船手続きを終えて部屋に入る。荷物を持ってきたフィリピン人のベルボーイに礼を言い、同じ部屋に泊まることになった昨夜、相部屋だった彼に少し本を読むことしたいと断る。


「うん。問題ないよ。本が好きなんだね」彼は昨夜と今朝と同じようにぼそぼそ答えた。


「○△■、…なんだ」


僕は、既に本を読んでいたので、彼が言った言葉が聞こえなかった。


「うん?」僕は少し微笑みながら聞き返してみた。面倒くさそうに聞き返しては、彼の虫の居所が悪くなってしまうだろう。


「うんと、簡単に言うと結婚しようと思っているんだけど、いまいち踏み切れないでいるんだ」彼は、僕の目を見ないで、いかにも悩んでいるような顔で言った。


やれやれ、僕は小説を読みたいのだ。昨日初めて会ったほとんど素性の知らない人の結婚の可否を僕が決めることなんてできるわけがない。第一、僕は結婚したことがないのだ。


「一回結婚に失敗してね。今付き合っている彼女はいるんだ」大阪港のコンテナリフトを眺めながら彼は独り言のように言った。


「そうですか。結婚したらいいじゃないですか」悩んで人に打ち明ける時には、その人の心はほとんど決まっているのだ。背中を押して欲しい時に、人に悩みを打ち明ける。


「彼女には、子供が二人いるんだ」


「何歳の子供ですか?」


「小学生になる前の子さ」


よくわからないけれど、再婚した時の子供というのは、何歳であっても結局は彼らに自分が本当の親ではないことを告げなければならないし、それは遅くても早くてもショックなことには違いがない気がした。でも、最初からわかっていて、彼らに接していれば、何かが救われる気がする。早いに越したことはない。多感な時期に結婚するよりは、小さい頃に結婚した方が、理解してもらえる時間があるだろう。でなければ子供たちが成人する頃まで待つしかない。成人していれば、親が結婚しようが別れようが関係ないだろう。自立した一人の人間になっているのだから。という内容のことを僕は彼に伝えた。彼はおおよそ同意したようだった。あるいは、同意したように装った。


会話が完結したようなので、僕はまた本に戻る。主人公の少年は、自分の存在について悩んでいた。


19:30 に、食事が始まる。正装で食べるコースディナーだ。豪華客船ならではの夕食だ。女性は、あるいは華やかに着飾り、あるいは清楚に装った。男性は、ネクタイを締めていて、女性たちをエスコートした。ほとんどの乗船客は裕福であり、ある程度、歳をとっていた。若いのは僕らだけのようだった。僕は、メニューをみて、(読んでも意味がわからなかったけれど)エスカルゴの料理と、サーモンの料理を選んだ。どれを選んでも、おそらく僕には違いがわからない。


食事を終えると、皆が歩いている方向に歩いていく。部屋に戻って彼の悩み相談に乗りたくなかったのもあるけれど、少し酒も飲みたかった。小さなホールに進むと、ダンスショウがあるとアナウンスしている。さして興味もなかったけれど、豪華客船でのダンスの夕べというのも悪くない。結婚するのかしないのかは僕に関係ないのだ。


しかし、彼に会ってしまった。仕方ない。


ダンス自体は、退屈この上ないものであり、僕にとっては時間の無駄でしかなかった。そうだ。ダンスなんてもともと興味がないのだ。なぜ見たのだろう。隣にあるピアノラウンジで酒を飲めるので、バーボンを飲むことにしよう。


しかし、ホールを出たところでその希望は、儚く打ち砕かれることになる。僕たちとツアーで一緒に来た女性が座っていたところで、僕を発見してしまったのだ。二人の女性は、二人とも背が高くて同じようにストレートの髪をしていた。一人は黒髪で、もう一人は、金髪に近かった。


「あら?」金髪の彼女は僕を見つけると声を上げた。


「やあ」手を上げて合図する。隣の彼も挨拶した。


「何してたの?」彼女は、黒いワンピースであり、170cm近い身長で、細身であり服もよく似合っていた。面長の顔はすっきりした顔立ちだけれど、少し冷たい印象を与える。楽しいことがあって微笑んでもどこか冷めた印象があり、それに関しては彼女は損をしているのかもしれないし、本当にどこかで冷めているのかもしれない。そして、黒髪の彼女は、何も話さず、金髪の彼女と僕たちを目で追っていた。あるいは宙に浮かぶ「会話」を見ていたのかもしれない。


「ショウを見ていたよ。少し眠たかった」僕が答える。


「うふふ」彼女は少し冷たく笑った。あるいは、愛想笑いをした。


「これからどうするの? 11 時に夜食が食べられるまでの時間まで暇なのよね。船内を探検したいのだけれど」彼女は僕の顔を見て質問した。


「そうなんだ。僕はお酒を少し飲みたいんだ」僕は答えた。


「…」彼女は次の言葉を待った。その間を感じて、僕は気がついた。


「エスコートが必要なんだね?」


彼女は微笑んで、頷いた。お酒が遠のく。僕は一人でお酒が飲みたかったのだ。そんな僕の気持ちをかき消すように、彼女たちは立ち上がった。ヒールを履いた彼女たちは僕とほとんど同じ身長だ。しかも二人とも。ついてきていた彼は、160cm 台であろう。僕たちが並ぶと異常に背が低く見えた。別に僕たちが特別背が高いわけではないけれど。


船内には、数ヶ月過ごす人々のために各種設備が揃っていた。理容室もあるし、ランドリーもあった。甲板に小さなプールがあり、その手前にはジャグジーがあって、その後方にはスポーツジムがあった。そんなところを見物して、はしゃいでいる彼女らの少し後ろを僕は歩いた。金髪の彼女は、ジャグジーに手を入れて、温かいよと感想を述べる。はしゃいでいる彼女と無言で手を入れている黒髪の彼女も、少しだけ微笑んだ。そして、僕と一緒の部屋の彼は、彼女に続いて手を入れる。


23:00 を回った瀬戸内海の空は、真っ黒で少しだけ雨が降っている。雨はまとわりつくように僕の顔に当たり、濡らすまでには至らない。スチームを浴びているような細かい雨だった。進行方向の右岸には、兵庫県の灯台が少し光っていて、いくらかの感覚をおいて、街の明かりがあった。左岸には、黒い島影が見えて、灯台も少しだけ見えた。海はおおよそ穏やかだ。黒い海は、船に当たると、白く砕けて後ろに流れていく。


また、船内に戻りルーレットをしている部屋(あるいは少し大きな廊下の広場)を通りかかった。彼女達は、それに興味を持ったらしく、見物に行く。僕は、「お酒を飲みに行くよ」と言って、その先にあるピアノラウンジに行く。


カウンターに座り、フィリピン人のバーテンダにフォアローゼズを注文する。ピアノの横では、4人編成のバンドがハワイアンを演奏していた。本当はピアノの演奏が聞きたかったけれど、問題ない。ハワイアンでも、デスメタルでも、お酒は飲むことができる。一人で。しかし、5 分後の彼の訪問で一人の時間は終了した。


「やあ、ここで飲んでいたのかい」彼は笑いながら僕に手を振った。


「うん、少し飲み足りなくてね」


彼は僕の右隣に座り、僕のグラスを見て、フィリピン人のバーテンダにジョニーウォーカを注文した。


「僕もお酒は大好きなんだ。昔は結構飲んだんだよ」彼は言う。


「そうなんだ。僕もお酒は好きなんだ」グラスを口に運びながら答える。


彼は、昔のお酒を飲んだ時の話をした。面白い話ではなかった。適当に相槌を打ちながら、バンドの演奏を聴いた。サイモンとガーファンクルを演奏している。バンドもフィリピン人だ。音はプロフェッショナルであったし、ハーモニーはそれなりに美しかった。これだけの客船で演奏しているんだから、本国の家族はもしかしたら、それなりにいい暮らしをしているのかもしれない。


フィリピン人のバーテンダは適度に灰皿を交換したし、絶妙のタイミングで追加の注文を聞きに来た。そして、数杯のグラスを開けると、バンドの演奏が終わった。バーテンダが店が閉まる旨を僕に伝える。


部屋に戻り(彼はかなり深く酔っている様子だった)、着替えて横になったところで僕の携帯電話が鳴った。麻雀の誘いだった。僕はまだ眠くもなかったし、お酒も飲みたかったので、誘いに乗ることにした。そういえば10年ぶりに打つ。久しぶりだな。僕は彼に、麻雀に行くと伝えた。彼はベッドで横になり目を閉じながら「あいよー」と答えた。あの様子ならすぐに眠ることができるだろう。


カードルームと呼ばれるテーブルゲーム専用の部屋でマージャンをした。久しぶりの割りには、問題なく打てた。ここでも、ビールを3本位飲んだ。気がついたら4時になっている。少しだけ空が明るい。


部屋に戻ると、彼が布団を抱いていた。トランクスから伸びた毛深い太ももが見えていた。彼も苦労しているんだろうと思う。一人の女に惚れたけれど、子供がいる。離婚したばかりだ。子供のことを思うと結婚に踏み切れない。仕事も忙しいという。僕は、彼の布団を適正な位置に戻す。しかし、彼は起きてしまう。


「うんー。今何時?」彼はしゃがれた声で聞く。


「4 時過ぎだよ。ごめんね。起こしちゃって」僕は起こしてしまったことを詫びた。


「いやいや」彼は適正な位置でまた目を閉じた。


僕は服を脱ぎ、ベッドに横になった。ベッドサイドテーブルには、夕方に読んでいた「海辺のカフカ」がそのままの状態で置いてある。照明を落とし、眠りにつく。心地よい酔いと、ゆったりと揺れる船体に身体を預けて。



2002年10月6日日曜日

神戸長崎大阪の旅 01

携帯電話のアラームの音で目が覚めると、僕は身体を起こす。ぼやっとした眠りの塊のようなものが、頭の半分近くを占めている。眠い。僕は、大きなスーツケースの中身を確認する。今回は、4日間の旅だ。1泊の出張ではないので、必然的に荷物の量が多くなってしまう。その半分しか覚醒していない頭脳で、いくぶん長い荷物リストと実際に入っている中身を確認する。


重いそのスーツケースを持ち上げ、Prelude のトランクに詰め込む。大きなその荷物が入るには少し小さいトランクだけれど、なんとか放り込む。ウェストポーチには財布と、携帯電話とデジタルカメラと、PHILIP MORRIS が入っている。忘れ物はないはずだ。


今朝の札幌の空は、幾分肌寒くて、そして薄く曇っている。問題ない。僕はこれから神戸に行くのだ。札幌に零下の寒波が襲ったとしても、僕は神戸にいる。


空港の駐車場に Prelude を駐車すると、また重い荷物を取り出す。団体受付カウンターで受付を済ませ、全日空 134 便 10:00 発 関西国際空港行 に搭乗した。


関係会社の集まりではあるものの、今日初めて会う人々ばかりで、会話も少ない。僕は、預けた荷物の中に「海辺のカフカ」をそのまま入れたままであったことを思い出す。仕方ない。まだ残っている眠ろうとする脳の意見を尊重することにした。空調の音と、時折流れる機内アナウンスの中で、僕は短い睡眠を貪った。


到着した関西国際空港で、飛行機の出口から降り立った瞬間に猛烈な熱気が襲ってくる。10度台の札幌から28度の気温を示しているその場所は、「君たちは、これからこの暑さの中で過ごすことになるんだ」と語っていた。そう。僕が望む望まないに関わらず、その気温が変わることはないのだ。


空港からすぐにバスに乗り換えて、高速に乗る。大阪の郊外に位置する空港から、間もなく大阪市内の港が見えてくる。大阪港は大きな港であるが、高速から見下ろした場所には人の姿が見えず、なんとなく寂しい印象を受ける。バスは、加速減速を繰り返しながら兵庫県に向かう。晴れ渡ったその空と、日に照らされた工場や倉庫を眺めている。高速は湾岸線であり、常に海沿いに走るのだ。


14:00 。神戸市内中心部の三ノ宮駅からほとんど離れない場所にバスは停車し、中の乗客を排出する。バスから降り立ち大きな荷物を降ろす僕たちを通行している市民が、バスの名札を見て、僕らが北海道から来た人々だと知ると、顔と荷物を見比べるように眺める。それは、好奇の視線でもなく、軽蔑でも尊敬でもなかった。そこにある人を見るだけだった。「この人たちは、北海道から来たんだ」それ以上でも、それ以下でもない。


トアロードを少し上り神戸北野ホテルへ到着する。アンティークでロマンティックなホテルだ。古い西洋の作りであり、異人館がある北野の町並みに溶け込ませるように考えたのであろう。そして、それは成功しているようだった。


添乗員が、ホテルのロビーで今後が自由時間であるということを知らせる。彼女の声は、シックな作りのそのホテルのロビーには、いささか大きすぎて、通りがいいように感じたけれど、多分それは職業上仕方のないことなのかもしれない。ツアーの客は、僕らのように若い人々ばかりではない。老人たちの引率の場合もあるだろう。職務上、時間の遅れや勝手な行動は致命傷だ。だから、彼女は大きな声を張り上げて、僕らに集合時間を説明した。


そして、僕はホテルを出た。既にいくつかのグループができつつあったし、僕もそのグループの中に加わることもできたけれど、あまり気が進まなかった。どうせ、仕事の話もでるだろうし、自分のしたいことさえも、グループの許可が必要だった。やはり、僕は一人で行動することにした。僕はひたすら神戸を自分だけで見物するのだ。


異人館に関しては、あまり興味がないので、いくつか観覧したところで、僕は神戸の街を歩くことにした。歩いている地面を見ると、僕の影がスニーカにくっついていた。日差しが暑い。僕の背中には容赦なく太陽が降り注ぎ、アスファルトからも僕に照り返す熱。少しだけ汗で湿った T シャツが、背中でくっついている。


まず、僕は三ノ宮駅に向かった。坂を下るようにして、歩を進め買い物をしている若者たちの間を縫って、僕はひたすら歩いた。軽く足の裏に鈍い痛みがある以外は、問題なかった。右の足が前に出ている時には、左の足で地面を蹴り、右の足を地面に着けると、左の足を前に出すようにした。それの繰り返し。


三ノ宮駅に到着すると、元町駅方面に歩くことにした。途中で喫煙所を見つけると、タバコに火をつけて町並みを眺めた。札幌のような江戸時代以降に、図面を引いて計画的に碁盤目状の整然とした町並みになれている僕は、雑多に広がる道路や、大きさの揃っていない建物や、新旧混ざった店舗を見ると、やはり新鮮である。あるいは、楽しい。


サラリーマンは、携帯電話で取引先に連絡し、学生は明日の小テストについてかたり、若い男女は、今夜のディナーについて協議していた。そんな中に、タバコを吸いながら、人々を眺めている僕がいる。彼らにとっては、当たり前の街。でも、僕にとっては新しい街。神戸。


一度、元町駅までつくと進路を変え、南京町を抜けてメリケンパークと呼ばれる地域に着く。おおよそ 40 分位歩いている。都会のビルの谷間を抜け、大きく空と海が見える。オリエンタルホテルの横には、レストランクルーズ船が停泊している。写真でしか見たことがないタワーに上ることにする。広場では、中央区民まつりが催されていた。子供たちが、アニメのグッズを獲得するために、ビンゴゲームをしている。そんな喧騒を避けるように、僕は展望台に上った。


神戸の街は、山と海が近くて、高い位置に登るとおおよそ全景を見ることができた。写真を何枚か撮影し、また地上に戻る。そして、中央区民祭りを遠くで眺めた。祭りには全く興味のない男女がベンチの上で、時折キスをした。僕は、何も見ていない振りをして、彼らの前を通り過ぎる。彼らの世界にとっては、僕は全く関係のない異物なのだ。


最も、海岸に近い広場では、愛を語らう多くの男女が、海に向かっている。海から吹く涼しい風を感じたくて、僕も手すりに手をかけて、神戸港の沖合いを見る。先ほどのクルーズ船が、出航した。目の前で、方向転換をしている。汽笛が大きく響く。その音があまりに大きくて、僕は少しだけ肩をすくめる。


海の匂いと、風を浴びるのにも飽きると、ホテルに戻ることにする。少し寄り道しよう。途中、旧居留地を抜けてみる。大丸の前で、黒いコンバーチブルのポルシェが駐車禁止区域で駐車していた。幌はオープンにしている。僕は、ポルシェという車に関してあまりいい感情を持っていない。あくまで僕の経験ではあるけれども、多くのポルシェのドライバは、恐ろしいほどのスピードで一般道を走行し、周りの走行速度を無視して車線変更を繰り返す。そして、一般市民とは違うんだという無言の主張が鼻につく目で他車を眺める。肌が合わない。


「はいはい。僕は国産車ですよ。随分高い車に乗ってますね。僕ならマンションを購入しますけどね。そんな金があるのなら。」


しかし、この駐車違反ポルシェは、幌を開けた状態で、Boa を大音量で聴いていた。僕は、苦笑した。大方の周りの人々もおおよそ僕と同じようだった。


僕の寄り道は、カフェで完結する。何も考えずにカフェに入る。Ripple というカフェ。白人女性のウェイトレスにアイスコーヒーを注文する。出てきたグラスの氷をストローで混ぜながら、今日一日を思い返した。飛行機で大阪に入り、バスで神戸に到着した。2時間半くらい神戸の街を歩いた。何も目的もない。ただ歩いて、人々を眺めて、町並みを眺めて、海を眺めた。こんな日常からかけ離れた日もいいだろう。隣の席の男女が、会話もなく向かい合っている。そして、これからどこに行くか簡潔に相談し、伝票を男性が持ちレジに向かった。


ホテルに戻って、夕食までの間に、僕は「海辺のカフカ」を読むことにした。これまで横たわったこともないようなやわらかさのベッドに横になり、身体を休めながら。


ディナーは、フランス料理のコースだった。キャビアやら、蛙やらを食べる。僕は、何度か書いているけれども、味覚に関して少々問題を持っている。「おいしい」という感情が普通の人よりも、鈍感なのだ。だから、フランス料理のコースで、キャビアとフォアグラを食べようが、マクドナルドで、80円のハンバーガを詰め込んでも僕の中では、あまり変わりないのだ。仕方ない。ところで、ワインを少々飲みすぎた。酔いが心地よく僕を揺らす。


食事が済むと、夜景を見に行こうという話になった。僕は、夜景を見ることは、マクドナルドのハンバーガと同じように好きでも嫌いでもないけれど、せっかくあんなに歩いた神戸だから、見てみることにした。タクシーに乗り、ビーナスブリッジに向かう。若い女性達は、グループになり夜景を眺めている。そして、彼女達と仲良くなりたい若い男性陣が、なんとかきっかけを作って、話しかける。僕は、そんな彼らを眺めてから夜景を一人で眺めた。写真を数枚撮影してみる。恐らく光の点がいくつか写っているだけだろう。問題ない。気に入らなければ消去すればいいのだ。


夜景に飽きたみんなが、下に行って遊ぼうという話になっているらしい。ひとりでタクシーで帰るのも初日からあまりにもなんだから、一緒に行くことにする。mosaic と呼ばれる遊ぶスペースにタクシーで向かう。


観覧車のライトアップの写真を何枚か撮影して、昼間見た神戸港の夜の姿を眺める。観覧車に乗ろうという話になったけれど、僕は下で待機することにした。「高いところは苦手で」と言い訳をして。せっかく男女同数くらいいるのだけれど、話の流れで、女性グループと男性グループと別々に乗っている。観覧車は、男女で乗るのがいいんじゃないのだろうかと当たり前のことを思いながら、メリーゴーランドの前のベンチで待つ。そうそううまくいかないものさ。


観覧車から降り立って、ホテルに帰ることになり、タクシーにまた便乗する。ホテルの部屋で飲みましょうと、若い男性に誘われたけれど、(勿論男性女性に声をかけていたのだけれど)僕は普段より歩いていたし、小説も少し読みたかったし「寝ることにするよ」と断った。


ホテルに戻り、ストイックなまでに高級なバスルームで身体を洗い流し、髪を洗い流した。場所は変われど、いつもと同じ順番で。そして、初めての神戸を、初めてのベッドで眠る。



2002年10月5日土曜日

明日から旅行

明日から神戸、大阪、長崎の旅です。正直、飛鳥でのクルーズが日程のほとんどを占めているので、のんびり船上で「海辺のカフカ」でも読もうと思います。神戸が舞台らしいし。偶然とは言え、いいシチュエーションだ。


ということで、9日まで日記の更新は停止します。ノートを持っていけば更新もできるんだけど、そんなのも忘れてゆっくりしたいというのが今回の旅。日常が悪霊のようにこびりついている今から、逃れるのもいいと思うので。日記もすっかり僕の中では日常になっているだろうし。


んで、心ばかりですが、これまでの出張も含めて札幌を離れたときの日記を集めてハイパーリンクを置いておきたいと思います。Web Cafe' のジュンは、日本全国を飛び回って何をしてきたか? と。かっこよく言うとそうなんですけど、実際はなんだか疲れている日記が多い気がします。


北海道函館市


北海道帯広市


東京都新宿区


宮城県仙台市


福岡県大野城市


東京に一番多く行ってますね。おおよそ金曜日に行くことが多いので、土曜日と日曜日は自費で滞在して遊んでます。



2002年10月4日金曜日

Vine Linux 2.5 インストール

8日連続出勤中。昨夜は早く寝たこともあって、今日は割りに元気でした。そして、ついに明日はお休み♪です。♪とか使ってんの。もう見てらんない。


今日、超久しぶりに CD を購入しようと思いまして、ショップに行ったんですよ。特に何を買おうとか決めていなくて、気に入ったものがあったら買おうかなあって感じで。そしたら、本屋さんと併設されているものだから、Linux の本とか購入しているんですよ。というか、Linux の本に限らず、コンピュータ関係の本て高いですよね。でも、2冊も買っているし。CD が、本に化けちゃった。


それで、家に帰ってきて、付録についてきた Vine Linux とかインストールしてるんですよ。ニヤニヤしながら。おお。ぶどうちゃんかわいいとか言って。


小説も読まず、音楽も新しいものを発掘せずに、徐々に人間的な感性豊かな生活が失われている気がします。


。・゜・(ノД`)・゜・。 うえええん



2002年10月3日木曜日

Red Hat 8.0 リリースの予感

7日連続勤務中。疲れているので、眠いです。今日は早めに寝るとします。


連続勤務するくらいなので、とても忙しいです。でも、今朝早くに台風が通過した北海道では ( 10月に台風が上陸したのは、24年ぶりらしいです )、いつものように、CUBE に乗って外回りをしていたところ、女子高生のスカートがめくれまくりでした。やっほー。って思っても、さすがに風が強いのを予知してか、常日頃から装備しているのか、なんだかホットパンツというか、昔の男子の体操服の下のパンツみたいなのを履いていてショボーン。


Red Hat 8 がリリースされました。日本でのリリースはいつごろでしょうか。わくわく。


海辺のカフカを全然読めていません。Web では、読了とかみんな言ってるし。なんか忙しくて、心も荒んできてあまりよい環境ではありません。


繰り返しになりますが、このような日は、早めに就寝。身体を休めるべきですね。



2002年10月2日水曜日

ラグナロクをダウンロードしてみた

6日連続勤務中。正直疲れた。僕の土曜日と日曜日を返してくだしあ。


月が替わる度に思うのですが、手書き日記更新野郎としては、過去日記を同時進行で作成しているにもかかわらず、やっぱり、ナヴィゲーションなどを少し書き足したりしなければならないわけで。何かいい案はないだろうか。やっぱり何かのスクリプトを使うのが一番楽な方法でしょうね。


ラグナロクというキャラクターが割合かわいい感じの、オンラインロールプレイングゲームをダウンロードしてみました。セットアップファイルは、362MB です。ナローバンドの方は、寝る前に落とすといいでしょう。僕の家では、30 分で落ちてきました。こういう時は、ブロードバンドっていいなあと思う。


Final Fantasy XI では、仮想世界と現実世界の境がなくなる廃人をたくさん Web 上で見ましたが、このゲームではどうなんでしょうか? やっぱり、オンラインですから、いろんな人がいるだろうから、何しやがんだこのドキュソ!!とか言いたくなる人もいるんでしょうかね? ぶひぶひ。



2002年10月1日火曜日

いろいろシーツ

札幌の西友元町店の偽装肉騒動。同じ札幌市民として、恥ずかしいですね。別に、偽善者ぶっているわけではなくて。お金は自分で稼ぐものでしょう?


さて、なんとなくスタイルシートを書きたいという衝動にかられております。Web Cafe' では、スタイルシートセレクタなどは設置していません。デフォルトの、このシートも僕は触れなくなっているほど、肥大化し、もしかしたら無駄も多くて、更新する気が全くなかったりするのですが。


しかし、最初から書くという行為自体は、とても楽しかったりするんですよね。背景色は何色にしようとか、なんか少しこだわってみようとか。


そこで、僕の書いたスタイルシートを列挙してみると、



みんな、accesskeyってどうしてる? tabindexは?(仮)については、学術文書っぽい文書だったので、なるべくもとの印象を壊さないようにと、書いた次第です。正直見栄えについては、あまり考えていないわけで。ちなみにここについては、完全にシートしか書いていません。


CSS でイケてるデザインサイトリンク集については、随分前の Web Cafe' のシートを少し改造しただけ。


CSS でイケてるデザインサイト*/ (上記の2ちゃんねる風)は、いつも見ている 2 ちゃんねるを strict で表現したいという以前からの欲を満たすだけのために書いたシートです。去年の夏の転送量の問題の時、スタイルシートを使ったらどうだ? という論争があったのですが、2 ちゃんねるの管理者から、このシートを使いたいというメールが来たということは全くありません。


Web Cafe' 後藤真希バージョンは、てきとー。


やっぱり、こうなんか、すげえな。この雰囲気は Web Cafe' のジュンたんだな。とか言われるようなシートを書きたいです。


でも、なんだか途中で挫折するのが、いつものパターン。学べ。