2007年2月20日火曜日

祖母逝く

私の母の母、祖母が今日亡くなりました。享年 88 歳。現役時代は、マッサージ師というか、あんま師というのかわからないですけど、そのような職についており、やたらと握力が強かったのを覚えております。「肩凝ってるんだよねえ」なんて言うと、「よっしゃ」と、揉みほぐしてくれたものです。でも、最後に首をくるくるくるくるくる…グキッ!ってやるのが、怖かったです。


祖母は、7 人の子供を産み、随分と沢山の孫たち (我々だ) を見て、あるいは育てて、さらにひ孫まで見ることができた。88 年間お疲れ様でしたと伝えたい。ゆっくり休んで下さいね。おばあちゃん。



2007年2月16日金曜日

Wikipediaサーフィンの日々

最近、Wikipedia にハマってまして、午前 3 時過ぎまで読んでたりしてます。しかも、どうでもいいような情報ばっかり読んでいるので、何やってんだよ俺……みたいな。おおよそ最後に読んでいたのは、以下のような感じ。



てな具合で、なんだかよくわからない感じで終わって寝ています。いや、調べ物をしたりしてこのページをどんぴしゃって開いているわけではないんですよ。いろいろさまよってるうちに、こんなとこで終わってるって感じなんですよ。んで、ちょっと犬ねさんと話をしていたんだけど、自分の Wikipedia の閲覧履歴をこう枝葉のようにずっと視覚的に辿れるようなツールがあったら面白いよねぇって話してたんですよ。これがあると Wikipedia サーフィン(何)を途中で終了しても、またどっか興味があるところから、また始めたりできるだろうし、次から次へと Web ブラウザのタブが開かれてると、どうしても「もしかして興味があるリンクがあったかもしれないのに閉じてしまったタブ」みたいのがなくなっていく故に、さらなるサーフィンを誘発する弊害も生みそうなんですが。でも、欲しいな。こんなんないですか? Firefox の拡張とかであるのかな。


まあ、そんなこんなで、今日は台湾のことについて、いろいろ読んだ日でした。台湾って、20,000 マイルで行けるのね。すごく行きたくなっちゃった。



2007年2月15日木曜日

吹雪の中を歩く

僕が毎日、会社の行き来をするのに、札幌の観光地であり中心地の大通り公園を横切るのだけれど、12 日まで行われていたさっぽろ雪まつりの「あと」を見ることができる。まさに「祭りのあと」といった風情で、大規模な雪像は単なる雪の山になり、小さな市民雪像は、小さな雪のかたまりになる。僕が最初に札幌に来た時には、壊されてしまった雪像を見て、どうせ春が来たら溶けるのだから、そのまま置いておけばよいのにと思ったのだけれど、溶けて崩落した際、通行する人々が怪我をしてしまう可能性を考えると、壊してしまうのが、あるいは適切なのかもしれない。


札幌の雪まつりをテレビのニュースなどでご覧になったことがある諸兄も多かろうと思うけれど、少なくとも僕は雪まつりを終えた後のニュースなんてのは、見たことがない。多くのニュースは、芋を洗うように雪像を眺めながら大通り公園を歩く観光客と、大きな雪像を映し出す。そして、多くの人たちは毎年放映されるニュースを記憶し、まだ見ぬ、あるいは見たことがある、その様子を容易に連想することができる。そこには底冷えする寒さがあり、甘酒の匂いがあり、タバコを吸いながら歩く観光客もいれば、雪像に見向きもしないで、仕事やら遊びやらに向かう市民がいる。


まつりのあとは、重機で雪像を壊し、何週間もかけて氷点下の中で仲間と一緒に作った市民雪像も漏れなく壊される。そんな大小の「もと」雪像だった雪の塊を見るとなんとも寂しい気持ちになる。


さっぽろ雪まつりは、たくさんのお金が使われ、多くの労力が使われ、様々な思い出を提供し、いくつかの「もと」雪像だった雪のかたまりが残る。僕はその雪のかたまりを横目に見ながら猛吹雪の中、歩く。雪のかたまりは、もう誰にも見られることもなく、ただ溶けるのを待っている。でも、まだしばらくは溶けそうにもない。



2007年2月13日火曜日

息子の初めての誕生日

うちの子が 1 歳になりました。って、1 年前の自分の日記に何書いたのかなあと思ったら、全然書いてないのな!! 少しくらい親馬鹿な日記など書いていいのかなとか思ったりもしたんだけど、どうも照れくさいっていう。まあ人様が読んで楽しいかどうかわからないけどね。


まあ僕なんかより、1 年間 365 日、ずっと一緒な犬神さんが一番大変であろうと思います。それは端から見ててすごく思うわけですよ。私が仕事している間とか、疲れて土日ずっと寝てる間とかも、怪獣のように起き上がって大声出して遊んでいる我が子を相手しながら、家事してるんだから、俺なら発狂するね。間違いなく。だから、お父さんは外で仕事がんばってくるよ。お金稼いで来て、マンマを食べさせておむつも買ってあげるよ。


今日は久しぶりに車の点検だったんで、ひどい雪の中ホンダに行って来ました。ホンダの営業さんが前のマンションの住人で 2 人の子持ちだったとか、コーヒーと麦茶を出してくれたレディーの方が、母乳で 3 歳までやってたとか聞いたりした。なんていうか、前、独身だった頃って、そんな話が上の空っていうか、正直どうでもいい話だったんだけど、今だと「ああ、みんな親の苦労してんだなあ」とか客観的に思うというか、実感するっていうか。


独身だった時って、どうにも一人が楽だったのもあったし、金だって好きなように使ってたし、…すなわち、時間と金が自分のものだったわけだけど、今は 3 人のものになってしまった。「しまった」なんていうけど、自分的には「なってしまった」というより、結果的に「なった」かな。なんて言っていいのかわからないけど、子供や犬神さんが僕を頼りにして生きているわけで、仕事で嫌なことがあったり納得できないことがあったとしても、僕はやっぱり 1 人で生きているわけじゃないわけで、その辺の責任感みたいなものが、やっとかもしれんけど、できてきたような気がする。


まあ、子供ができて 1 年経過して、立って万歳したり、僕の胸ですやすや寝たり、遊んで欲しくて座ってる僕の足に捕まって奇声を発したりするのを見たりすると、この 1 年なんてあっという間だったし、随分大きくなったもんだなあと思ったりする。


いつも、なんやわからんうちに会社に行く僕を見送って、帰ってくると座りながらぴょんぴょん万歳して笑顔で僕を迎えてくれる息子にはホント助けられてるよ。お前がいるから、僕もがんばれるんだなって。


あ、やっべクサいな。まあいいや、1 年に 1 回くらいは、親馬鹿も許してよ。息子よ、初めての誕生日おめでとう。これからもお父さんはがんばるから、大きくなってくれよ。